でぃぐれ――ついにパラレル。 ※マナアレですがパラってます。






雨が降っている。
これはまるであの頃の記憶を巻き戻しているよう。同じようで、同じじゃない。けれど痛みはあの頃よりずっと激しい。


「まったく……あの人も最後まで訳のわからない人だったわ。私に言わせてみれば、あんたなんかただの疫病神でしかなかったのよ」
それは―――あんまりだった。あまりにもあんまりすぎる言葉だった。そんなことを言われたって、拾ったのはあなたたちじゃないか―――とアレンが文句のひとつも言ってやろうと決意したところで、別れの挨拶すらなしに眼前の扉が閉まった。辛辣な言葉を一方的に吐き捨てアレンを放り出した夫人は、もう見えない。沈黙が流れ去る。
「なんだよ……なんなんだ……! 僕はなんにも悪くない!」
悪くないけれど、よくよく考えてみれば、今こうして自分が生きていること自体奇跡みたいなものなのだ。夫人にだって少なからずの恩があるから、アレンも無理に家に置いてくれとは頼めない。そして伯爵亡き今、夫人はこの屋敷の最高権力者でもある。彼女の言うことは絶対だ。アレンはこの瞬間、たったひとつの居場所をなくした。胸の内に絶望感が湧き上がる。どうせ危惧していたことだけれど、実際にそうなると相当きつかった。
夫人はアレンのことをよく思っていなかったし、隙あらばアレンを自身の毒舌をもっていびるような女だった。未練はないのに、けれどどうしても引き下がれない自分がいる。
アレンは荷物をひとつに纏めた革製の鞄を持ち直す。伯爵に貰ったものだった。荷物はこれしかない。
「…………僕はこれから、一体どこに行けばいいって言うんだよ」
居場所はたったひとつのみだった。ここ以外、帰る場所を知らない。アレンは大粒の水滴がこぼれ落ちる空を仰いだ。目に水が入りそうになり、反射的に目を閉じる。
―――こうして、僕の中の汚いもの全部、流れ落ちてくれればいいのに。
アレンが伯爵と出会ったのも雨の中だった。当てもなく彷徨うアレンを引き取ってくれた。籍も入っていない、仮初めの親子だった。だから実際そうは呼べないのだけれども、伯爵はアレンと出会った日、確かにそう言ったのだ。今日から家族になろう、と。
伯爵の言葉はアレンの揺るぎない存在の証になった。理由になった。生きる意味も教えてくれた伯爵に、アレンは一言では済まない程の感謝の念を抱いている。
「どうして……死んでしまったのですか」
声に出すと、一層悲愴さが増した。
「僕はまた独りになった……っ」
棺桶に花を差し入れたときの僕の気持ちが、あなたにわかりますか。
そしてそれを埋めるためにあなたに土をかけた僕の気持ちが、あなたにわかりますか。
―――恨めるものなら恨みたかった」
そうした方が、きっと楽なのに。アレンは嘆く。涙は出なかった。
泣きたいのに泣けない。アレンはまだ、伯爵の死で泣いたことは一度もなかった。もしアレンが死んだとき、伯爵はきっと盛大に涙を流してくれるに違いなかった。そうやって予想できてしまうからこそ、どうしても泣けない自分が腹立たしく思えてくる。
「なんでかな……すごく哀しいし、この辺が、いやに痛いし、……なんで……」
アレンはぎゅう、と胸を掴む。
親の不幸も泣けないなんて、僕はとんだ親不孝者だ。
水を吸って、鞄が余計に重たくなった。中身はきっとぐしゃぐしゃになっているに違いない。指先の力を少しでも緩めると、すぐに落ちてしまいそうだ。アレンはなんとか力を込め、維持する。
頭の天辺から爪先まで濡れそぼっているアレンの体力は、もう底を尽きそうな程だった。耳鳴りと、悪寒。これは風邪を引いたかもしれないな、と危機感に欠ける感想を抱く。雨はまだ止みそうにない。
―――このまま雨に打たれていたらどうなるのだろう。
アレンは悪戯にも似た残酷な思想を巡らせる。このままここで死ぬのもいいかもしれない、と。それは婦人への当てつけにもなる。アレンを屋敷から追い出したことへの復讐などではなく、伯爵の悪口を言ったことに対する、ささやかな、それでいて性質の悪い当てつけ。
アレンは目を開けた。灰色の雨雲が空一面を覆っている。
煉瓦の地面を踏み締め、アレンは玄関の階段を上る。
鞄を持っていない左手で数回扉をノック。
ドアを開けた夫人は怖ろしい形相をしていた。アレンは微笑む。
「最後にひとつだけ、お願いがあります」
ああ、頭がくらくらする。
「僕が死ぬときは―――伯爵の墓に寄り添って眠ることを、どうか許してください」






ぼくの、さいごの悪あがき





070327
皮の鞄って……水吸うっけ………?
伯爵はマナです。他にしっくりくる呼び方が思いつかなかったので……。

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