でぃぐれ――アレンさまも純粋なんです。






不安で不安で堪らなくて、僕はマナに縋りついた。腰に抱きつく僕を、マナはそっと抱き締め返してくれる。このぬくもりが続く内は、まだ安心できるんだ。けれどこのあたたかな腕が離れていってしまったとき、そこにあるのは大きな虚無感。淋しいやら不安やらで切なくなる。だから僕はもう一度手を伸ばす。甘えん坊だなと笑われたって構わない。だってこのしあわせが、ずっと続くとは限らないんだもの。僕が大人になっても、そばにマナがいてくれるとは限らないんだもの。だから。
ねえマナ、大好きだよ。
私もアレンのことが大好きだよ。
ずっと大好きだよ。ずっとずっと大好きだよ。マナは?
そりゃ、ずっと大好きさ。どうしたんだい、アレン。何かあったのかい。
なんでもないよ。でも忘れないでね僕のこと。
忘れないとも。
どんなときでも?
どんなときでも。
死んでも?
死んでも。
じゃあいいや。
アレン?
不思議そうに見下ろしてくるマナに、僕は笑んだ。マナは約束を絶対破らない。大丈夫。死んでも忘れないって言ってくれた。だからマナが僕を捨てても、僕を置いていってしまっても、忘れないでいてくれるならだいじょうぶ。心は折れない。ずっと大好きだと言ってくれたから。僕はその言葉だけで生きていける。
「僕も忘れない」
「あん?」
おっと。慌てて口を噤む。どうやら声にだしてしまっていたようだった。ラビはといえば、実に胡乱げな表情で僕を見ている。こうなったら笑っとけ、えへへ。
「そろそろ着く頃ですね」
「そうですねー、ってオレがそれで流すとでも思った? 今回ばかりは訊いてやる。暇だから」
「いいですよ別に。ラビに話したら価値が下がります」
「価値が下がる!? ふざけんなテメ、おい」
「乱暴な言葉遣いはよしてくださいー」
耳に指を突っ込んで聞こえませんポーズを取る。僕とマナの思い出を、誰かに語るなんて有り得ない。それだけで思い出が穢されてしまうような気がする。
「……んっとに生意気なガキんちょめ」
「聞こえません聞こえません聞こえませーん。何も聞こえないー」
「なんか妙に腹立つなー、それ」
「あー、どうぞご自由にー」
「って聞こえてんじゃねーか!」
ラビは取り敢えず放っておいて。僕らは今、汽車の中にいる。いい加減僕一人でもよさそうなものだけれど、ラビと一緒にイノセンス探しの旅に出ていた。今回は割と近場なので、上手くいけば二、三日で帰れそうだった。
「あ、着いたみたいですよ。行きますか」
「……このやろ」
絶え間なく続いていた振動も止まり、僕らはコンパートメントから出、そのまま汽車から降りる。久々に吸った外の空気が気持ちいい。
―――わっ」
ずっと座ったままで固まってしまった身体を解そうと伸びをしたところに、どしん、と後ろから体当たりを喰らった。ラビかと思ったけれど彼は隣にいたので、それも違うようだった。腰を押さえながら後方を見遣ると、
「ごめんなさいっ」
という謝罪が投げかけられた。子供だ。帽子を目深に被って顔は窺えなかったけれど、どうやら男の子らしい。
「いいよ、気にしないで。キミは平気だった?」
「うん」
「よかった」
尻餅をついていた彼に手を差し伸べる。おずおずといった感じで彼は僕の手を取り、そのまま引き上げてやる。ありがとうと言って、彼は周りをきょろきょろ見回し始めた。
「お前、一人なん?」
ラビが問いかける。
「ううん、違うけど……」
「アーニー!」
彼はあっ、と一声発し、何故か身を縮こまらせて声の主を待っている。どうかしたの、と僕が問う前に、汽車から痩躯の女性が現れた―――険しい表情で、再度「アーニー!」と叫んだ。
「何をやってるんだ、お前は! 逃げようったってそうはいかないんだからね!」
「に、逃げようなんて思ってないよ!」
「じゃあどうしてこんなところにいるんだ。ちょっと目を離した隙に……! 本当に油断ならない子だね!」
「あの、」
「アレン、やめろって」
制止してきたラビは「煩い黙れそこで聞いてろ口出すな」といったあらゆる意味を込めた視線で睨んでおく。あまり干渉しない方がいいのはわかっている。それでも口を挟んだのは、あまりにもその子供が見ていられなくなったからと、アーニーと呼ばれた彼が助けを求めるように僕を見たからである。
「なんだい、あんたは」
「僕が言うことでもありませんが……一方的に怒鳴りつけるのはよくないと思います。彼が可哀相だ」
「あんたに関係ないよ。わからないようだから言っておくけど、この子はねえ、でき損ないなんだよ。一人じゃなんにもできないんだ。やさしく言ったってわかりゃあしない、だからこうして厳しく言わなきゃ駄目なのさ」
ちら、とアーニーを窺う。彼は帽子の端と端を握って、更に深く被る。まるで自分を隠しているようだ、と思った。
「彼の前ででき損ないだなんて言わないでください。少なくとも、彼はちゃんとごめんなさいもありがとうも言える。よくできたお子さんじゃないですか」
「煩いね! 他人がとやかく言うもんじゃないよ。けどもう、あたしには関係のないことだけどね」
「……どういう、ことですか?」
「この子を養子に出すのさ。あたしと旦那が食ってくだけで精一杯でね、もううちじゃこの子は育てられない。清々するよまったく。こんなのでも貰ってくださるっていうんだからね」
―――養子。そっか、養子に出されるのか……。
「……それは本心ですか?」
「なんだって?」
「それはあなたの本心なんですか? 口ではなんとでも言えます。けれどそれは、あなたが本当に望んだことなんですか?」
そう言うと、彼女は一瞬躊躇するような素振りを見せた。ともすればアーニーの肩を掴み、汽車に引きずり込んだ。出発のベルが構内に鳴り響く。
―――――――――
彼女は背を向けたまま。弱く背中が震えているのがわかった。
―――じゃあ、忘れないであげてください」
僕はベルと同時に告げられた言葉を、それでもなんとか聞き取り、ひとつだけ請う。彼女は振り向かない。それでもよかった。
「彼もきっとあなたのことを忘れない」
振り向く彼に、笑いかける。
「アーニー。キミのママはとてもやさしい人だね」
ドアがしまる間際に彼は帽子を上げて、
「うんっ」
ばいばい、とアーニーは手を振る。彼女は以前背中を向けたままだった。伝わっただろうか、彼女に、僕の言葉が。汽車はもう遠い。
「アレン」
手を振り返したまま微動だにしない僕を見かねて、声をかけられる。
「すごく似てたんです。彼」
「……『僕』に?」
「顔とか環境も全然違いましたけど、でも思っていたことは一緒だったと思います。だから放っとけなくて」
お人好しすぎますかね、と一人ごちる。ラビは肯定も否定もせずに、ただ僕の頭を一撫でしただけだった。また子供扱いされてしまった。
「どう頑張ったって忘れられねーよ。大事な記憶は尚更な」
―――『そんな訳ないだろう』。彼女がベルと同時に言った言葉だ。相手を想う気持ちはどちらも同じだった。同じくらい大きくて、純粋だった。
「……そうだといいんですけどね」
僕はそっと左眼に触れる。マナも忘れていない? 死んでも忘れないって言ってくれたよね。
「じゃあ、行きますか」
「おう」
あの頃は毎日が不安で不安で堪らなかった。マナと離れてしまうのがどうしようもなく怖ろしかった。明日がこなければいいと思っていた。マナと過ごせる今日があれば明日はいらないと、未来はいらないと、本気で思っていた。けれど僕にはマナと交わした約束がある。だから淋しくなんてないんだよ、






目に見えないもの





070403
……自動ドア……。うん……。どうだっけ……?(いつも不明瞭)
マナの一人称は「私」希望。ていうかどんな女だ……!(書いてる内に訳わからんくなりました)

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