色取り取りのステンドグラスからは冷めた光しか通ってこない。神聖な空間というよりは神に侵された空間ということを何よりも物語っていた。今ここにいるのは神などではなくただの謀反人だったけれど。 最近夢を見ていない。捨てた過去にくるまってみる夢はとても怖ろしいものばかりだったからそれは別に構わない。いつもモノクロ。いつも誰かの手を取ろうとする。そんな夢。みたって無駄だとわかりきっていることのなのに。叶わないことと知っているからその夢はとても怖ろしい。 だるい目蓋を押し上げる。そのまま回りを見渡してみるが誰の気配もそこにはなかった。慌てて飛び起き名前を呼ぶ。名前を呼ぶ。名前を、呼ぶ。独りになったと自覚した瞬間だった。何故だろう。協会のひんやりとして固い長椅子は寝るのに適していない。疑問と不安を抱えながらばたりと背中から寝そべる。 背に冷たさと固さを感じながら真上に手を伸ばす。聖堂の厳かな空気を虚しくも掴み取った。違うこんなのじゃない。ただのひとりしかいないカテドラルに声が反響する。違う、こんなのじゃない。自分がほしかったのは、こんなものではない。 何故だろう。独りになった。繋いだ手はもうずっと遠い。離されてしまえばもうどうしようもなかった。どうすることもできなかった。名前を呼んでも答えてくれない彼の人の姿を目蓋の裏に映し出す。手を伸ばせばすぐそこにいるのにどうしたって届かない。矛盾しているその距離に思わず顔を顰める。歪める。目の淵に何かあたたかいものが流れた。 やっぱり駄目だったのかもしれない。あのとき手を取って満足そうに笑ったけれどここへきて想いが揺らいでしまったのかもしれない。嫌気がさしてしまったのかもしれない。どちらにしろいないのなら、もう。 死んじゃうか――― 「死んじゃうの?」 目を見開く。 「なん、で」 「あれ、気づいてなかったんですか? 死ぬって、自分で言ってましたよ」 そうじゃない。もう捨てられたものだと思っていたからこその、疑問だった。 見下ろす銀灰の瞳の奥に笑いはなかった。けれど笑っていた。口元だけで。ほっと安堵の息を吐く。まだ繋ぎとめていられたらしい。 「んー、そうじゃなくて、僕がいなくて、吃驚したのかな?」 そうだよ。そのとおりだ。何言ってんだばかやろう。そう罵りのひとつでも言ってやろうと思ったのに不思議に喉が掠れて言葉が出てこなかった。手を伸ばされ目元を拭われる。泣いてたの、とまた笑った。 「キミを置いてく訳ないでしょう。だって、」 だって、なに。手を伸ばす。確かにそこに、ここにいる。やっぱり水が溢れた。 「……キミは、僕がいなきゃ死んじゃうらしいから」 「うん」 「だいじょうぶ、ちゃんとあいしてる」 盲目的な愛に満足そうに微笑むのを見ると心が酷く痛む。だいじょうぶ、ちゃんとあいしてる。愛と嘘を同時に語る唇にそっと触れた。ほんとうに? どうせまた、捨てゆくだけの、 「信じないなら、置いてく。ここに置いてくよ」 その唇から吐かれた辛辣な言葉にまた涙する。自分はこの細い腕に縋りつくことしかできない。くらくらと眩暈がした。 「信じてる……信じてるから、……置いてくな」 すべてを捨てるくらい、どうしようもなく好きで好きで堪らない。これ程までに好きだったなんて知らなかった。今も置いていかれたくなくて冷たい目で見られたくなくてこの手を離されたくなくて必死になっている。馬鹿だ。自分が情けない。こんなにも弱かった。 「あのね、食べものを買ってきたんです」 「……誰かに、見つからなかったさ?」 「うん、平気だと思う。あと、着るものと。いつまでも―――」 言って、かけていたコートを剥ぎ取られる。 「……これ着てる訳には、いかないですから」 ステンドグラスを通って差し込む光が銀の装飾に跳ね返りきらりと光った。 「ね、僕のこと、すき?」 幼い微笑の裏側に秘めた感情に僅かに畏怖の情を抱く。背骨を伝う汗を感じた。 「それとも、」 耳を塞ぎたくなったのはこれが初めてではない。確かに好きだ。そう、すべて切り捨てることができるくらいには。その気持ちに嘘はない筈だった。けれどその言葉には心臓を射抜く程の痛みを伴うことを知ってしまったのだ。あいしてると告げる度、自分が惨めで堪らなくなる。 「愛してる?」 「―――うん」 その後に好きだし愛してもいるけれどこの世で一番お前が嫌いだよと吐き捨てた。知ってるよと笑って返されたオレは一体どうすればいいのでしょう、神さま。 ごめん、嘘だけは吐きたくなかった 070527 アレラビ。アレン黒い! 一応この話では教団を抜けてきたという設定なのですがちっともわからなかったと思うので最低だとは思いつつもそういうことなんですよと言っておきます(ほんと最低だ!) |