はがね――エドウィンですが大丈夫ですか?






「好きになるのは簡単でした。自分を騙せばいいことなのですから。たったそれだけのことなのですから。だから好きになるのはオレにとってなんの造作もないことだったのです。どうですか、これ。どう思いますか、あなたなら。
だってね、聞いてくださいよ。オレのことが好きだと言うのです。いつからだかわからないけれど、ずっとオレのことを想っていたと言うのです。これを言ったところで何が変わるとも思わない、けれどちゃんと言っておきたかったから、と。
オレの幼馴染の言う言葉とは、到底思えませんでした。







人を好きになるのはいとも容易いことです。その本質を、中身を知らなくても、どんな人間であれ、オレは好きになる自信がありました。これも例外ではありません。幼馴染のことは好きでした。けれど彼女の言う「すき」とオレの言う「すき」は同一のものではなく、もっと深みのある感情でした。それに答えなければいけないと思った訳ではありません。幼馴染は何か変わることを望んでいたのではありませんし、オレもまた、面倒なことだと考えていました。そんなことを告げられたところで。

けれど幼馴染の態度はそれから露骨でした。いつ会っても顔を朱に染め、視線を逸らす。指が触れれば悲鳴を上げ、手にしていたカップを床に落とし、割る。弟には、何かよくないことでもしたんじゃないの、と詰め寄られる始末。そんな冗談。オレは何もしていないのですから、そんなのあちらに言ってください、という話です。



その想いを告げられたときから目に見えていた訳ではありますが、やはり少々、面倒なことになってきていました。面倒というよりかは、鬱陶しい、これに尽きます。
さあ、ここからどうするか。どうすればいいのか。あなたならなんとお考えになりますか。実に簡単なことです。この鬱陶しさから逃れるためには、会わなければいいのです。そう思うでしょう、オレも思いました。けれどこれでは駄目なのです。何が変わるとも思わない、そう言っておきながら、好きだと告白してから幼馴染は変わりました。幼馴染の方が変わりました。オレは何も変わってはいないのに、あちらから変化してしまったのです。
返事をしよう。
それが一番の解決法のように思えました。恋愛などしたことのないオレが、それでも悩み抜いて出した結論でした。




いらないよ、返事なんかいらない。幼馴染がこう言ったのには驚きました。返事などいらないと思っているのに、ではあの態度は一体なんなのでしょうか。誰か人を本気で好きになったこともないのです、だからオレには女性の気持ちなどわかりかねました。
ではどうすればいいと言うのでしょう。幼馴染の露骨すぎる振る舞いに、気づかないふりをしていればいいのでしょうか。それとも待っているのでしょうか。オレが自分のことを好きになってくれる、という日を。
けれどそんな心配など杞憂です。オレの心の内ではもう答は出ていました。
好きだよ、その一言で幼馴染は床に崩れ落ちました。オレも好きだよと一言告げる、ただそれだけでこの面倒ごとから解き放たれると思い込んでいたのです。なんて滑稽なのでしょうか。


幼馴染に対して抱いている感情は、言うまでもなく、恋愛のそれとは違いました。小さい頃から一緒に過ごしてきた間柄です、オレにとっては家族と同等だったのです。
自分はとても浅はかでした。目の前の煩わしさから一刻も早く逃げ出したかったというだけで、オレはとんだ間違いを犯してしまったのです。その後のことなど何ひとつ考えずに。






それからは毎日が地獄のようでした。初めに述べたとおり、好きになるのは簡単でした。割と自分は器用な方ですから、そういう、自分への洗脳は得意だったのです。けれど幼馴染のどこか屈折した想いをずっと受け続けていられる程、オレは我慢強くなかったのです。
幼馴染がオレに注いでくれる愛情は格別でした。純粋で無垢な心に、本音を言うと、少しだけ酔っていたのかもしれません。自分だけを想っていてくれているという事実が、何ものにもかえがたい満足感、充実感をもたらしていました。

けれどいつしか、幼馴染の心の内にあった、何かどす黒いものが浮き上がり、表面に出始めたのです。何があったのかと思うでしょう。残念ながら、オレに知る余地はなかったのです、だから答えることはできません。
何がなんだかわからないまま、オレは幼馴染の歪んだ愛を受け止め続けていました。口に出したくもありませんから、詳しい説明は省かせてもらいますが。


たったこれだけのことなのです。言葉にしてしまえば、陳腐すぎて笑いが込み上げてくる程でしょう。けれどこれは決して笑える話ではないのです。例え誰かが笑っても、オレに笑う権利はないのです。幼馴染はただ真剣で、本気なだけだったのですから。それをすべて余すところなく受け止めることのできなかったオレが悪いのです。オレに責任があるのです。すべては、オレの犯した過ちが原因でもあるのですから。





愛してるの台詞でさえも、最早耳障りな雑音でしかなくなりました。突然の飢えた口づけも、気持ち悪い、としか取れなくなりました。
軍に絶対服従の身でありますから、束縛されるのは慣れている筈でした。けれどオレには、我慢など、耐えることなどどうしてもできなかったのです。

とうとう気がおかしくなってしまった幼馴染の握る包丁を叩き落し、狂ったように笑い出す幼馴染を一瞥した後、オレは床に転がる塊に手を伸ばしました。柄を握り、かつて愛の言葉を囁いた相手に刃を向けるオレは、幼馴染の目にはどう映ったことでしょう。恋人、家族なんて綺麗なものではなかったと思います。


オレは刃を振り翳しました。なんの躊躇もなく、包丁は忠実に自分の使命を果たしたのです。その結果、肉を裂かれ骨を砕かれ、愛に狂う少女はもの言わぬ屍と化しました。







オレに愛があったのなら、まだ救われる気がするのです。けれど幼馴染に抱く感情は、今も昔も愛情などではなかったのです。自分が思っている程、オレは器用ではなかったのです。自分がよかれと思ったことが、幼馴染を一層苦しめてしまうだなんて、




どんな罰でさえも甘んじて受けましょう。それでオレの犯した罪が償われる訳ではありませんが、せめて幼馴染が報われるような罰を、オレにくださいませんか。」








彼の長い独白に、私が告げた言葉はひとつだった。



「愚か者め、」







070512
も、もう幼馴染なんて打ちたくない……!(すごく面倒だったのです)
実はウィン→エド→ロイだったり……。

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