無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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「面白い展開になってそうだったから帰ってきた」

突如としてシリアスな場面に乱入してきた神田は、全然まったく面白そうとは微塵も思ってなさそうな顔でそんなことをのたまった。これにはアレンをはじめ、ラビもロイも唖然とするほかない。
――というのは冗談で、単にバイトがなくなったからなんだが」
「……冗談かよ!」
わかりづらい冗談だな! と半ば自棄になって突っ込むアレンの顔面を手で押さえ、神田はずかずかと、何度も言うが他人の部屋に踏み入る。そのままラビとロイが座るテーブルまで近づくと、ラビにポケットから取り出した携帯の画面を突きつけた。
「あのチビが、お前らのこと心配してたぞ」
嫌いな俺のところにこんなメールを寄越すくらいにな、と神田が淡々と言うのを聞きながら、ラビはそっとそれを受け取る。
「なんて……書いてあるんだい?」
「……あんたのことだから、予想できるんじゃねえの」
「鋼のは、いつも私の予想を軽々と飛び越えていくからね」
静かに笑むロイに、ラビはそれもそうさねと薄く笑ってメール画面を開いたまま神田の携帯を手渡した。完全に置いてけぼりを食らっていたアレンも、我に返ったと同時に小走りで三人の方へ近寄り、ロイの肩に手をついて背後から画面を眺める。どれだけ大層なことが書いてあるのかと思えば、彼らの予想に反してエドワードからのメッセージは短かった。

『アレンとラビは、まだふたりぼっちなのかな
あいつらはいまだに、ふたりだけで生きてるつもりなんだろーか』

「……意味、わかんねえ訳ねえよな」
神田の静かな問いに、ラビもアレンも、ゆっくりと首を縦に振った。お互いに思い当たる節はあったらしい。
「ま、俺は出しゃばるつもりねえから。後はごゆっくり」
ロイの手から携帯を奪い取り、神田はそれだけ告げて役目を果たしたとばかりに踵を返す。
「ありがとさ、ユウ」
ラビの一言も聞こえたのか聞こえていないのか、特に反応も示さないまま神田は部屋を出て行ってしまった。それ程長くない滞在時間だったが、彼の行動はアレンとラビのふたりに少なからず衝撃を与えたようだった。
「ふたりぼっち……だったよね、ラビ。ずっと、僕たちふたりだけだったよね」
たまたま保護された場所が同じだけだったふたりだが、小さい頃からずっと一緒に育ってきたのだ。当然情もわくし、今となっては兄弟同然の認識でいる。ただこの関係が一体どれ程ふたりを縛るものなのか、比べる対象もなかったふたりには自覚する機会すらなかった。
「捨てられた子供、それが僕らの唯一の共通点で……でも、僕らはいつまで捨てられた子供でいればいいんだろう?」
きっとお互いが近すぎた。アレンにはラビしか見えていなかったし、ラビもまた、アレンしか見えていなかった。エドワードの言うようにふたりを取り巻く環境が変わった今でも、それは変わらないことだった。特にそれが顕著だったのはラビだ。
「僕はきみに甘えていたんだね。ラビが僕に何も言えないのは当然だった。僕がこんなだから、きみが頑張らなきゃって思ったんだよね? ――きみの方が、お兄さんだから」
「アレン……」
眉根を必死に寄せどうにか堪えようとしたが、その努力虚しくアレンの両目からはじわじわと涙が溢れ出す。
「僕はきみに、無意識に役割を押しつけてた……っ」
ついに頬を転がり落ちた透明な滴を、慌てたようにラビが手で拭う。
「違う、違うんさアレン! お前が、とかじゃなくて、オレがしたくてやったことで……! だから、」
「それ以上はいらない言い訳だと思うぞ、ラビ」
ずっとそばで眺めているだけだったロイが、やんわりとラビを黙らせた。今必要なのはそれではないのだとわかったからだ。

「……お互いに、成長する時なのかも、な」
ラビがぽつりと零した言葉に、アレンも頷く。近すぎたふたりの関係を見直す時期が、やっと訪れた瞬間だった。



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