------------- 繰り返される最悪


そうして五日ばかり過ぎた頃、僕の最愛の父が亡くなりました。いえ、正しくは養父だとか義父だとか書きます。戸籍上の縁だけで実際の血の繋がりはなかったのですが、何不自由ない暮らしを送れたのは間違いなく父のおかげだと言う外なく、異国の血を引く僕を養子にしてくれたことには感謝してもしきれません。そんな父の死はあまりにも突然でした。医者の診断によれば脳卒中だとかだったらしいのですが、あまりにも唐突に動いた現実に僕の頭はうまく順応してくれずに何がなんだかわからないまま父の亡骸を前にしました。
若さま、と僕を呼ぶ声がしました。そうして次に感じたのは、硬い床に身体がぶつかる感触でした。
目を覚ましたとき、僕は自室の寝台の上に寝かされていました。あまりの衝撃にどうやら意識を手放してしまったようでした。気分はどうかと尋ねる声に顔を上げると、僕の手足が窓際に立ってこちらをじっと眺めていました。僕はその問いがなんとも不躾なように聞こえました。父が亡くなったというのに気分などいい訳がないのです。最悪なのに決まりきっているのです。僕はそれには何も返さないまま、逆に手足にきみの方こそ拾った彼はどうしたのかと訊きました。
「ああ、あいつなら、今蔵の中にいるさ。逃げられないように、ひん剥いて梁に逆さに吊るしてきた」
「そんなことしたら、死んでしまいませんか。蔵の中は寒いから、凍えてしまうかもしれない」
「……そうなったら元も子もないさね。んん、心配になってきたから様子を見てくる。お前は、もう少し寝てるといいさ」
慌てたようにそう言って僕の手足は部屋を出て行きました。僕は体よく追い出したつもりでした。なんだか手足の顔を見ている気にも、手足の声を聞いている気にもなれませんでした。そして僕は何よりひとりになりたいと思っていました。父を失った哀しみに浸るのに、ひとりの方が都合がよかったのです。


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