ひとつ穴<茨>
歯の間から、荒い息が吐き出される。春の風に乗って血生臭さが流れているのが感じたけれど、どうにもならないことを知っている。悪夢は最後まで終わらない。怖れか、暑さか、何かはわからない、額が湿り一筋汗が流れ落ちた。雨の後の濡れた土に落ちようとも、それらの色は変化しなかった。 やがて土へ、そして海へかえると信じている。 シャベルは選ばなかった、手にあるのは錆びれたスコップ一本だった。人ひとり埋めるくらいならば、そんなに時間もかからないだろうのに、もうずっと、同じ作業を繰り返している。どれ程まで掘れば見つからずに済むのか、まったくもって不明だった。 月明かりのみを頼りにし、その淡い光によって浮かび上がった、青い肉体を横目に、自分はただただ穴を掘る。深く、土を抉る。 ―――鮮明に残る赤を振り払うかのごとく。 残像を消し去るように頭を振った。残影と不条理な残懐、残響、身の内に溜まる残渣……彼の残喘を断ち切った自分の残夢が容易く想像できるのが、なんとも言えない。 「…………は、……っ」 すこしの、めまい。 心臓の血液が逆流してしまったかと、それくらい思う、圧迫を胸に感じた。 まず足を切った。逃げられないようにしたかった。そうする必要があった。瞬間噴き出す血が赤く彩り鮮やかで目を瞬いた。視界を覆うのがそれ一色になったとき無神経にも自分は、―――欲望を満たすためにそれだけのために腕を切り落とした。連綿と続く叫声に肌が粟立ち言い知れない感情が込み上げた。自分が何をしているのかもわかっていた。その異常さとどれだけ狂ってしまっているのかもわかっていた。責任を取るつもりは毛頭なかったけれど止まらなかった。霞ががった眼で自分を見上げているのに気づいて映す色に無性に腹が立った。潰してしまえばいいと思ったから双眸を刃の柄で押し潰した。変に弾力があり中々うまくはいかなかったけれど視力をなくさせるには十分だったようだった。喘ぎの合間に彼は自分の名を漏らした。それは到底呼びかけと呼べるものではなくただ懐かしさに手を伸ばしているようで昔の自分を思慕しているようで――――――煩わしさの元凶である喉も踏み潰した。 輪廻など信じていない。転生など許しはしない。単に朽ちて無になればいい。それで何もかもが終わるだろう。 逃げおおせることのないように。 「……楔は、永遠で、」 いつしか膝も折れ、彼が埋没している、まだ新しい土の上に手をついていた。 これで漸く落ち着ける、安堵のできる日々を遅れる筈なのに、その筈なのに何かがおかしい。何かが間違っている。自分は怯えている、平穏とはかけ離れた心情でいる。拭えない。 微かな気配にも敏感になっていた自分は、背後からの、微弱な音に顔を上げた。見向く前に、ここで何をやっているのかと問われる。端から見れば、異様な光景だっただろう。その問いは、まったくもって正しい。 別に何もやってはいないと、立ち上がりざま答えた。それで納得してくれるかどうかは期待できないけれど、事情を話すなどという馬鹿な真似はしない。 そういえば、自分を迎えにきたらしい男は、生まれ変わるならまた人間がいいと言っていた。苦しむために生きるなどと、まったくもってあほらしい。けれども自分は、楽になるためならばあらゆる手段を取る人種だ、だから理解しがたく、また、新しいと感じた。 「俺は、自分の知らないところで、自分の知らない顔で人生やり直していると思うと、正直、腹が立ってしょうがないんだが、」 そうしたら男は、話はまったくわからないけれど、とんだ面倒くさい男もいたものだと、また疲れたように、 |