無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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アレンとエドワードは育ち盛りである。

「おいおいアレン、そんな掻っ込まなくても誰も取んねーって」
温和な見た目を裏切らず常に紳士振る舞いをするアレンも、このときばかりは素を見せる。そんなアレンの右隣に座るラビは、彼がいつ喉を詰まらすかと気が気ではなかったため麦茶を片手にスタンバイ中だ。彼が食事中に咽るのは決して珍しいことではない。
「甘い! よくそんな悠長なこと言ってられますね! いいですかラビ、世の中はそんなに甘くないんです!」
言って、アレンはびしりと指を突き刺す。その方向にはアレンに負けず劣らずといった具合に、ハンバーグを一気に口に放り込み咀嚼するエドワードがいた。
テーブルは一つの皿にこれでもかと盛られたハンバーグと、サラダ、ミートパスタ、鶏肉の唐揚げエトセトラで占められている。内容から見れば一般的な家庭の食卓といった具合だが、それこそ三十人家族かよ! と突っ込めるくらいには量があった。これが今日の夕飯である。
「そうそう。弱肉強食ってな」
アレンに指をさされ、今飲み込んだばかりのハンバーグのソースが、べたべたと口の周りに付着したエドワードが顔を上げた。二人とも、一度にものすごい量(それこそ尋常ではないくらい)を胃に押し込んでいくのだが、残念なことにそれが身長に反映されているとはとても思えない。非常に燃費が悪いともいえる。そのことを特にエドワードに尋ねたり聞かれたり冷やかしたりでもすれば、たちまち彼は暴れ出すので注意が必要である。
「鋼の、アレン。学校はどうだった?」
彼らが身を置くこのアパート、その管理を務めているのは先程まで洗いものに専念していたロイという男だ。彼もまた濃紺のエプロンを外して椅子の背もたれにかけると、よっこいしょ、と実に爺臭く席につく。大家という立場ではあるが、もっぱら家事は年長者であるロイの仕事だった。それから「鋼の」とは彼だけが使うエドワードの愛称である。
「ああ、学校? いつもと同じ。そんな楽しいもんじゃないよ」
「嘘つけ。今日の体育、すっごい楽しんでたでしょうが」
エドワードの報告に、すぐさま同じ学校で、しかも同じクラスであるアレンが突っ込んだ。
「何、お前体育やったの?」
いつもは狡休みしてんのにさ、と横からラビが訊く。
「いえ、僕は見学してたんですけど。すごく盛り上がってましたよ、バスケ。飛び散る汗、きらめく笑顔……気色悪いったらありゃしない」
「お前そういうこと学校で言うなよ。イメージというものがあるんだからな、イメージというものが!」
と、そこに玄関が開く音がし、暫しの沈黙の後、ドスドスという荒い足音が近づいてくる。
「お帰りですかね?」
「っていうか部屋ここじゃないんだけど。あいつは隣の205の筈だろ」
不満げに文句を零すエドワードの頭には、単純計算で飯の量が減るという問題しかなかった。とにかく、飯。ひたすら、飯。身長には反映されなくとも、実に育ち盛りの高校生らしい考えだろう。しかし、その人物はガチャリと玄関からリビングへとつづくドアノブを捻るが、どうしたことか開かないのである。
「あれ? 開かねえの?」
エドワードが首を傾げた。どうやら施錠されているようだ。
「……ぷ」
口元を手で覆い、俯いたアレンが小さな笑いを零す。この鍵をかけるという大胆な行動を取ったのは、何を隠そうアレンだった。彼は最後にリビングに入り、その際にこっそりと気づかれぬよう施錠したのだった。ついでにいうと、元々このアパートには鍵などついておらず、毎日訪れては飯を掻っ払っていく人物用の対策手段にアレンがホームセンターで購入したものだったりする。
すべては自分の腹を満たすため。
ガッチャガッチャと揺さぶりが激しくなっても鍵が開くことはなく、実行犯であるアレンは笑いを堪えきれずに盛大に吹き出した。

「てっめえ俺に喧嘩売ってんのか!!」

腹を押さえてもんどり打つアレンは、ドアの向こうからの怒声によって仕方なくといった感じに立ち上がり、おかしさで手を振るわせながらドアを開けた。


やっとここに全員が揃った訳である。



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