無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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「つーかさ、『浪漫荘』って何」
「このアパートの名前でしょ?」
「なんでそんなみょーちきりんな名前な訳」
「僕に訊かないでよ。わかる訳ないでしょう、あの人の思考なんか」

今話題に上った「アパートメント浪漫荘」という名前は彼らが住むアパートの名称であるが、今更ながらにエドワードの興味を引いたらしい。しかしそんなことをあの大家に訊いたところで、何がどうなるということもないのだろうし、それになんといってもあの大家が決めたことである。きっとろくでもない考えか、もしくはただの気紛れなんだろうと二人は思った。
「そんな変なネーミングだから住人も増えないんだよね」
「オレだったらこんなよくわからんとこに住みたくねーもん。大家もあんなだし」
とかなんとか言いつつも、エドワードは現にここを住処としているのであって、しかも言いたい放題にしているがそんな大家の世話になってしまっているのであり、決して他人ごとではない筈である。
「ちょっとお前ら。よそ見しながらやると危ないっつの」
へーい、とやる気のない返事をラビにしながら、シンクの前に立つエドワードは食器についた泡を流していく。彼らにはそれぞれ役割が与えられており、エドワードは皿洗い、アレンはアイロンがけと、たわいないことを喋りながら手を動かしていたのだった。洗濯係であるラビは、丁度ベランダに洗濯ものを運んでいるところで注意を促したという流れである。
「ねえラビ、なんでここ、『浪漫荘』って言うんですか?」
「オレが知るかい。ロイにでも訊いてみれば」
そう言って、ラビは大して興味がなさそうに大きな籠を運んでいった。
「よっし。しゅーりょー」
エドワードは最後に流し台を拭いてテーブルに備えつけられてある椅子に座り、いまだ作業の終えていないアレンに声をかける。
「手伝う?」
「ううん、大丈夫。もう少しだから」
そういえば、とアレンは顔を上げる。
「ロイさん、神田のとこに取り立てにいったんだけっけ」
「取り立てぇ?」
「そう。二ヶ月分の家賃、滞納してんの」



その頃205号室では。

「今日こそ払ってもらおうか神田君!」
「だからもう少しだけ待ってくれっつってんだろ!」
大家と神田による、壮絶なバトルが繰り広げられていた――というのは言いすぎではあるのだが、お互いにヒートアップしているのは事実である。
「一体君は何がしたいんだね」
「はあ? 知るかよんなこと。質問の意図がわからん」
「家賃は滞納するわ勝手に人ん家上がって飯を食べてくわ……そんなに生活に困っているのなら、親の元へ帰ればいいだろう」
ロイの言い分はもっともではあるのだが、神田は神田なりにどうしてもそうすることができない理由があった。
「言っただろ、親はいねえって」
親がいなければ仕送りも何もしてはもらえない。結局は働くしかないのだが、神田は高校へも通っている。今年で卒業といはいえ、学費だって馬鹿にならない。どんなに働いたって追いつかないのだ。だからロイだって家賃は半減してあげているのだし、そこら辺の事情ははっきりとではなくてもロイだって知っていた筈である。
「……そう、だったな。すまない」
ロイははっとしてすぐに謝った。が、神田は転んでもただでは起きない人間である。
「つーことで、二ヶ月分はチャラにしてくれるとすげえ助かる」
「世の中そんなに甘くいくか!」


結果的に、神田の家賃滞納の件は見送られることとなった。



後日談。

「神田は貧・民ー! 米粒ひとつ食べられない程貧・乏くーん!」
「変な歌歌うな!」
エドワードが神田を馬鹿にするので、暫く神田の姿は見なくなったとか。といっても二日経つといつもどおりに米を一粒どころかなんかもう五千粒くらい食べていくようになったが。



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