無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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お隣の205号室の住人は、三ヶ月分の家賃を滞納している。ちまちまと家賃は支払っているようなのだが、何分超貧乏なため、どうしても滞納してしまうらしい。
そして今年、その隣人は無事に高校を卒業し、大学へと進学した。

「しかし、すっげーよな。家賃は払えないくせに大学行ってるの」
「ほんとだよね。学校行かなければ家賃も十分払えると思うんだけど……ちゃんと学費、払ってるならの話ね」
浪漫荘の名前の由来を訊くのをもう諦めたふたりは、今度は隣の部屋に済む神田(エドワード曰く「米粒ひとつ食べられない程貧乏くん」)を退屈しのぎのネタにしたようだった。
「あ、奨学金とか?」
「うーん。よくわからないけど、それって優秀な成績の人しか貸与されないんじゃないの?」
「さーなあ……っておい、お前それって神田が馬鹿って言ってるようなもんじゃん」
「あれ、神田ってずっと馬鹿だと思ってました」
なんでそんなに笑顔なんだろう。エドワードはそう言いかけたが、寸でのところで止まった。
「ねえエド」
そして、アレンがにやり、とちょっと怖気が走るような笑みを顔に刻んだ。エドワードは、こういう顔をするときのアレンは大抵「悪いこと」、即ち「悪巧み」を考えていることを知っている。嫌な予感しかしない。
「……神田の後、つけてみます?」
(……やっぱり)
「ストーキングかよ……」
「違うよー。ちょっと隣人の心配してるだけ」
ぱっちん、とウインクまでされてしまっては、エドワードだって断る気もやめさせる気も失せる。それどころか、「ナイスアイディア!」とばかりに腕をがっしり組んでしまいそうである。
「まあ、……いいよな、別に。心配なんだから」
「そうそう、心配だから、ね」
そして二人は、がっしり腕を組む代わりに――ぱしん、と片手を叩き合った。

「まず、ラビから訊いたんだけど、神田は講義がない時間はバイトをしてるらしい」
「え、大学から直で?」
「そう」
アレンは雰囲気作りが大事だから、と何やら意味不明なことを主張し、どこからか持ってきた伊達眼鏡とクリップボードを抱え、エドワードに報告しだした。
「講義は日によって異なるから、同じ時間帯でもバイトも違うとこ行ったりしてるらしいですよ」
「曜日ごととか?」
「詳しいことは知らない。だって神田だし」
「……なんかお前の言動の節々から、神田に対する嫌悪感が滲み取れるんですけど……」
「気の所為じゃない?」
「うわあにっこり笑っちゃったね!」
この笑みは、アレンが得意とする、都合の悪いとき程よく輝く実に嘘くさい笑顔だったりする。
「まあいいけど……んで、どうする?」
「つける」
「だからストーキングかって!」
「尾行」
「一緒! 意味同じだろ!」
「婦人用の薄い長靴下。ベージュとか黒とか。銀行強盗でも役立つよ」
「それはストッキング! てかそれっていつの話!?」
「そういえばさあ、労働者が団結して業務を停止する他に、学生とかでもあるんだよね」
「あー、授業や試験受けなかったりな、ってそれはストライキ! 段々離れてってるし! 何オレにノリ突っ込みやらせてんだよ!」
「あはははは」
「笑ってんじゃねえ!」
「今度やってみます? 全校生徒でやったら面白いかも。教師陣もお顔真っ青ですよ、きっと」
「さらっと腹黒いこと言ってんな! あーもう、それより神田の話だろ、神田」
「エドが余計な突っ込みするから……」
「え、オレの所為なの?」
「さ、気を取り直して。つけましょう」
「またそれに戻んのかよ……」




話が中々進まないので、ちょっと時間を早送り。
ただ今神田をストーキングしている最中です。

「てことでオレたちは完全にストーカーとなりました」
「誰に言ってるんですか?」
「画面の前の皆さまにだよ。……あ、あれじゃね?」
「どれ?」
あれ、とエドワードが指さした先には、至ってシンプルな黒いトートバックを肩にかけ、どこかへと向かっているらしい神田がいた。しかし後ろから見ていると、何故だか右へ行ったり左へ行ったりと、まっすぐに歩けていない。
「そんなに鞄重いんですかね? それとも気分が乗らない」
「うん……でも、よっぽど暇なんだな……まだ午前中なんですけど……」
あ、とアレンが思い出したように呟いた。ふらふらの神田を見つめたまま、
「と、いうよりも。僕ら学校あるよね忘れてた」
「やべ。オレも忘れてた」
「無断で休んだら、ていうかこんなくだらないことして休んだってロイさんに知られたら……」
「意外とラビも怖えと思うけど……ま、いいんじゃね? 新学期始まったばっかだし、どうせやることといったらオリエンテーションくらいしかないだろ」
「でも一応、学校に連絡しておいた方がいいんじゃないのかなあ」
「なんて?」
「……腹痛、とか発熱? エトセトラエトセトラ」
「揃って食あたりでもしたのかって絶対言われるな、腹痛だと」
「あーでも、もう一個気づいたんだけどさ」
「何?」
「今日って平日でしょ? 僕ら制服でしょ? これってやばくな――
そうアレンが言ったところで、ちょんちょん、と後ろから肩を叩かれた。
――い……」
ふたりがおそるおそる振り返ると、何やら青い制服姿のお兄さんが奇妙な顔つきでこちらを窺っていた。紺の制帽を被っている――お巡りさんのご登場である。
「君たち、平日に何してるの?」

――ストライキ?」

アレンとエドワードは声を合わせて、答えた。



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