無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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結局ふたりが学校に着いたのは昼近くだった。

「あーあ、最悪……」
「担任にはくどくど説教されるし……お前が尾行しようなんて言わなければよかったんだよ」
「責任押しつける気ですか? エドだって止めてくれなかったし、ていうかすごいノリノリだったくせに」
「だって学校行くとかつまんねーんだもん」
「あーあ、最悪」
走り過ぎたのと着いて早々担任に職員室に連れ込まれ長々と説教を受けたのがものすごく疲れたようで、最早喧嘩をする気も起こらないようだった。
「まあいいや、弁当食うべ、弁当」
「そうですね。今日は鶏の唐揚げって言ってましたよ、ロイさん」
「やった! ロイの唐揚げ大好きなんだよ。なんて言うの? こう、油加減が絶妙でさ、冷めてもべとべとしてないし、いつまでもサクサク! みたいな」
「わかるわかる。ね、今日暑いから階段のとこで食べようよ」
「おう」
疲れきっていた筈なのだが、ふたりは即効で頭を切りかえると五段のお重をふたつ抱え、わくわくとした足取りで外と比べそこそこに涼しい廊下を突っ切っていった。
「それでさ、エド」
「あん?」
冷えた階段に腰かけ、嬉々として弁当、もといお重の包みを開いていくエドワードに、アレンは静かな口調で話しかける。
「あの携帯、どうしたのか教えてくれるよね?」
エドワードが顔を上げると、そこには黒い微笑を顔に貼りつけたアレンがいた。
(やばい、喰われる……!?)
「ね?」
「ううううううんうんわかったから! 落ち着け!」
「それ僕が言いたいんですけど」
ああそりゃもっともだと、エドワードは深呼吸を繰り返してなんとか落ち着きを取り戻す。
「……携帯は、……ラビに貰ったんだよ」
「ええ!? なんで!?」
「これ聞いても怒るなよ?」
アレンが一度頷いたのを確認してから、エドワードは切り出した。
「……ラビはさ、まじでアレンのことが大事なんだって。だから、あえてお前じゃなくていつも一緒にいるオレに持たせた、らしいけど。よく知らん!」
「その『あえて』っていうのがわからないんだけど! 心配なら僕に持たせればいいでしょうが」
「お前、子供扱いすんなって突っぱるだろ」
「う……」
「あと、これ絶対ロイや神田には内緒な」
距離を詰めて、エドワードはそっとアレンに耳打ちする。
「どっから使用料金出てるのかってーと、ラビ、バイトやってんだよ」
「……声小さくする必要あるの、それ」
「いやだから、そのバイトって言うのがさ、」

あんなこっといっいな〜でーきたーらいーいな〜!

少しシリアスになりつつあったこの場の空気には似つかない、愉快なメロディがどこからか流れてきた。
「……なんの音?」
「あー、オレオレ。さっきマナーモード解除したんだった」
そう言っておもむろにポケットをまさぐり、エドワードは携帯電話を取り出す。
「もしもーし」
「え、待って着うたドラ!?」
「あ、ラビ? 何、どしたの。オレらならもう学校着いてるけど。……あん?」
「……?」
先程とは打って変わってラビの口調は穏やかだったため、電話に出ていないアレンもどんな会話がなされているのかわからない。黙ってエドワードの返答に耳を傾けるだけだ。待っている時間が惜しいので、アレンも弁当の包みを開く。
「だからオレはやめろって言ったのに!」
強い口調とともに、エドワードは勢いよく立ち上がる。右手はぎゅっと強く握られていた。内容がまったく理解できていないアレンは、エドワードのいきなりの剣幕に驚き、咥えかけた唐揚げをぼとりと器に落としてしまった。
「えっ、何!?」
「今更おせーよ! 知らねえぞオレは。止めてもやめなかったそっちが悪いんじゃん。あ? 知らないよそんなこと。そういう心配するくらいならはなからやるなっつの!」
「もー、なんなんですか……」
まったく会話に参加できないことを恨めしく思い、アレンは膝を抱えた。仲間外れにされている感じがして、少し淋しい。
(お弁当食べちゃおうと思ったけど……やっぱりふたりで食べた方が、美味しいよね。でも)
ちら、と立ち上がったままのエドワードを見やる。
「ちょっとくらいさー、話教えてくれたってさー、……」
楽しい筈の昼食タイムが、少しも楽しく感じられなかった。


「……げ。ちょっとたんま、アレンがぐれてる」
何ごとかラビと話していたエドワードは、静かになったアレンを見下ろす。体育座りで不機嫌丸出しである。
「おーい、アレン。どうしたんだよ」
「もういいです、エドなんか」
「何不貞腐れてんだよ。弁当先食ってていいからさ、な?」
「…………」
じと。恨みがましい顔つきで、アレンの気持ちなど何ひとつわかっていないエドワードを睨む。
「わかりましたよーっだ。もう食べちゃうもん」
頬を膨らませ、アレンは重箱にフォークを伸ばす。普通の弁当箱では当然足りないので、こうしてふたりの弁当箱はお正月で大活躍の重箱なのである。……勿論鞄に入りきらないため、手持ちである。通学途中によくじろじろ見られるが、ふたりはもう慣れっこになってしまい、まったく気にしていないという次第だ。
「……うん。わかった。……もうこういうことやめろよ? はは、そっか。うん。じゃ、また後で」
ぱたん、とエドワードは携帯を折り曲げる。
「さてと。いただきまーす」
「…………」
「…………何?」
「はあ……」
「……今の話のこと?」
「それ以外にもありますけどねー」
「卑屈になってんなよ。ちゃんと教えるから。ほら、」
こいこい、と言うように、アレンを手招く。今更なんだ、と思いつつアレンもそれに従った。


「……ラビのバイト、薬のディーラーだったんだよ。それが、ロイにばれたって訳」


「………ディー、ラー……?」

聞きなれない単語だったので、あまりぴんとはこなかった。



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