無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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「でぃ、でぃーらーって? 何それ?」
「食べられないからな」
「わかってますよ!」
冗談半分に言えば、アレンは存外真に受けたようだ。ぷん、と頬を膨らませる。
「ディーラーって、売人て意味ですよね?」
「そうだな」
「それの、えと、ヤクって?」
「ドラッグ」
「…………誰が?」
「ラビが」
簡潔な質疑応答。ここまで説明したところで、やっとアレンは理解したらしい。
「……バイト、してるのはわかってたけど……。大学に進学しないで、高校卒業したら働くって、言ってたし。でもそれが、売人だなんて、知らなかった」
思い出すのは卒業証書を手にしたラビの、大人びた笑顔。アレンを気にしていたのか、それとも純粋に働くことが誇らしかったのかはラビにしかわからないが。
「お前には……絶対に言えなかったと思うぜ。オレはたまたま、偶然、知っちまっただけだし。何したんだかしんねーけど、さっきロイにもばれたっつってたから、あいつにだって言ってなかったってことだろ。こんなん公に言えることでもねーしな、当たり前っちゃ当たり前だけど」
「うん……」
彼のことだから、きっと自分たちを巻き込まないように黙秘していたのだろうとは、思う。思うが、どうしても納得がいかなかった。
(だって、もう、家族な筈なのに。あの日から、――
エドワードは手のひらに収まったままの携帯を、ぱこぱこと開閉する。
「んでそれが、どうしてだかばれちまったらしくてさ。まあ自業自得ってやつだな。ロイは怖いけど、同情する余地なし」
そこで漸く携帯をポケットへしまい込んだ。その動作をじっと見詰めていたアレンが、重く、口を開く。
「なんで、」
「うん?」
「なんで、そんなに冷めてるの? 冷たいよエド。ラビは多分、……思い上がるなって言われるかもしれないけど、多分、僕のために、そんな危険なバイトを選んだと、思うんだ。だって前に言ってたもん、金貯めて、早くここを出ようなって。そのためなら、どんなに大変でも頑張るからって。なのにエドは、自業自得だとか、同情はできないとか、……冷たすぎるよ……」
「え、っと、……アレン?」
「もういい」
そこからのアレンの行動は速かった。
エドワードが何か言う前に立ち上がり、そのまま階段を下っていってしまう。廊下をばたばたと駆ける足音が、ふたり分響いていく。途中擦れ違った生徒はもの珍しげにふたりを振り返り、興味深そうに目で追っていく。
「アレン!! 待てよ!」
「うるさいっ!」
「アレン、聞けって」
「うるさいって言ってるでしょう!! ついてこないでよっ、ばかエド!」
アレンがこれ程までに感情を剥き出し、相手にぶつけたことがこれまでにあっただろうかと、エドワードは全速力で走りながらふと思う。勿論怒ったことなら幾度だってある。数えようにも指が足りなくなる程だ。けれどこうして――

――……なんでは、オレの台詞だっつーに……」

足が止まる。もう追いかけることはできなかった。
一緒にあのアパートの一室で暮らすようになって、もう随分経つ。はじめて会ったとき、アレンと仲よくなるなど未来永劫不可能なんじゃないかと、エドワードは思った。それは直感であって、自身の頼りない勘とはまた違う。
(理由なんかなかった)
しかし、確かにそう感じた。
(でも不思議と、いつの間にか、仲よくなってて。一緒に暮らしてるうちに、あいつがそばにいないことが、信じられないくらいにまでなって)


「相手のこと、理解できなくなったら終わりなのに、さ」



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