無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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「鋼の」

リビングのソファに腰かけ、厚みのある本を一向に放そうとしないエドワードを、ロイが呼び寄せた。反応が遅れたのはよくあることで、むしろ声が届いたことですら珍しいことだった。一度表紙を開くと、彼は読み終わるまで自分の世界にどっぷりと浸かってしまうためだ。
「……何? どうかした?」
「お客さんだよ」
にこりと微笑む大家に、エドワードは首を傾げて見せる。
「……まあ、君が気に入れば、家族になるかな?」
「は?」
まったく意味がわからないんだけど、というエドワードの言葉もロイによって遮られる。ロイはリビングへと続くドアを開け、入っておいでと姿の見えない客人に一声かけた。
「お邪魔します」
ロイに促され家の敷居を跨いだのは、エドワードとそう歳の変わらない、ふたり。赤毛と白髪のコントラストが印象的で、今でもエドワードは、このときのことをしっかりと覚えている。
「鋼の、こっちへきなさい」
疑問を拭えないまま、エドワードは本を閉じ、ロイのもとへ向かう。
「ラビとアレン、まだ学生だ。アレンの方は、君と同い年だよ」
(同い年だよ、と言われましても)
赤毛の――ラビはロイに尋ねる。
「はがねの? それ名前?」
「いいや、彼はエドワード。鋼のは愛称だ」
「へえ。変わってんね」
「はあ」
視線がこちらへ移ったのを見て、エドワードは曖昧に返す。右目を白い眼帯で覆った――隻眼の少年の眼は、好奇心で輝いている。
(どうせ小さいとか思ってんだろどーせな!)
「えっと、アレンです。よろしく」
「あ、よろしく」
待てよ、とエドワードは記憶を辿る。確かロイは、アレンと自分は同い年だと言った。
「……ちっくしょー!!」
(それなのになんだこの身長差は!)
「え、え、何!?」
「ああ、アレン、気にしなくていい。それより鋼の」
「……あ?」
「彼らをここへ置いて、構わないかな?」
「は、なんで? なんでこいつら、うち住むんだよ。他の部屋じゃ駄目なのかよ」
そう自分でももっともだと思うことを問えば、意味深な表情で、顔を横に振られる。
「あの、ロイさん」
「アレン?」
「いいんです、僕たちのことなら。ロイさんがそう言ってくれただけで、もう僕ら、十分ですから」
「しかし、」
「いいんだって。な、アレン」
「はい」
「ちょ、ちょっとちょっと。話勝手に進めないでくれる? オレに一切の説明なしで、いきなりここに住んでもいいかとか聞かれてもすぐ頷ける訳ねーだろ」
エドワードの新たな問いかけに、三人は複雑な顔をして答える。一度ラビを見やって、それからアレンは腕を組み、不服そうなエドワードに向かい合った。 「……僕たち、住むところがないんです」
「アレン、」
「もしこれから家族になるんだったら、言っておくべきことだと思います。ラビは違うの?」
「いや、そうじゃないけど……」
「じゃあいいじゃないですか」
「や、でもお前さ、」
(話進まねー……)
ついに焦れたエドワードは、どうしてか言い渋るふたりに口を挟む。
――んで? なんで?」
「鋼の、」
ロイが制しても、エドワードは聞く耳持たずといったようになおも強い口調で問い質す。
「お前ら兄弟なんかじゃないだろ。親は?」
「……いません」
「いない? いないってなんだ、この世に存在してないのか? それともただ単に、親と見做してねー訳」
「僕は生まれてすぐ、施設に預けられましたから、親の顔も知りません。ラビは駅構内のロッカーに捨てられていて……まあコインロッカーベイビー、って言うやつなんですけど、そのまま僕と同じように施設に預けられたので、やっぱり親が誰だかなんて、わかりません」
「ま――じ、で? え、てか、施設って何?」
「養護施設のことです。孤児院って言った方が、わかりやすいですかね?」
「あ、うん、それはわかるけど。え? ってことはつまり、施設から出てきたってこと、っすか」
「はい」
(それこそ、)

それこそなんでって感じなんですけど。



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