無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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「ラビっ」

思い切り開け放した玄関のドア。ラビの靴はある、まだここにいる。奥から微かな話し声が聞こえてくる、アレンはまっすぐそこへ向かった。

「ラビ!」
もう一度強く名前を呼ぶ。小さい頃からずっと呼び続けてきたその名前は、口に馴染みすぎている。
「え、おい、なんでお前ここに」
リビングへつづくドアを力任せに開ければ、すぐに視界に飛び込んできた赤と黒。向かい合って椅子に腰かける大家とラビ――主にラビを認めると、アレンはドアも開けっ放しにしたままラビへと近づく。
「エドから聞きました。危ないバイトやってたんですってね」
「あんのやろ……! 言うなっつったのに!」
思わずラビは顔を顰める。
「なんで教えてくれなかったんですか? エドにはちゃんと言ってたくせに! ラビがそんなバイトするなんて、聞いてないよ!」
――ああ、なんだろうなこれは)
自分で言っていて訳がわからなかった。アレンが抱くこの感情は、果たして何に対してのものなのか。
「……教えてねーもんさ」
「……っ」
「ラビ、秘密にしていたのはアレンもなのか?」
横からロイが尋ねると、ラビは不服そうに頷いた。
「教える必要ないだろ、だって」
「わっけわかんないよ……なんでいつもそうなの。ラビは一度だって僕に相談とかしてくれたことないよね。ずっと一緒なのに、ラビの中では、僕はいつまでも守られる存在でしかないの?」
もしかしたら、嫉妬しているのかもしれないなとアレンは思った。自分はいつでも庇護される対象なのにエドワードのことは対等な人間として見ているから、それが何より悔しくて、羨ましくて。確かにラビの選んだバイトが心配でたまらないという思いもある。しかしとどのつまりは、嫉妬と羨望が混ざった結果が、今アレンの心中を支配する気持ちなのだろう。

「僕のため、って。そんなの全然うれしくないから」
「アレン、」
(情けない声。どうしてキミが、そんなふうに泣きそうなの)
「……もうやだ。ラビなんてもういい」
(泣きたいのはこっちなのに)
「勝手にすれば」

そう思っても、言う勇気もない、伝えられない。壊れるのは心底怖い。慎重につくり上げてきたもの程、脆いものはないのだ。呆気なく崩れ去って、しまうのだ。アレンはずっと見てきた。その手でつくったあらゆるものが、見るも無惨に壊されていく過程を。ただの刹那、だが、アレンにとって余程価値のある、
「お前にまで拒絶されたら、オレどうすりゃいいんさ」
「きょ、ぜつ。って、そんな、大袈裟」
「オレはお前のために働いてるとか、そんなん思ってねーよ……っつーのは、半分嘘なんだけどさ」
「……半分?」
「お前とオレのため。オレたちが、ちゃんと普通に暮らしていくため。それじゃ駄目なん?」
「……別に、駄目じゃないけど」
駄目なのかと尋ねられても、アレンには他に言う言葉がない。
「じゃあいーじゃん。オレが何しようが」
――――――
(どうしよう、)
「ロイさん」
「あ、ああ?」
そこで自分にくるとは思っていなかった大家は僅かにどもってしまうが、アレンはそんなこと気にもせずに、どうしよう、と言った。
「どうしよう、ロイさん。すごい、なんか、ラビを殴りたくてしょうがない」
「なんでなんでなんで!?」
突っ込みを入れたのはラビ、だけれどアレンは完全に無視する。
「……まだ私も殴っていないんだ」
「ロイなんかに殴られたらオレ死ぬよ!?」
「丁度殴ってやろうかと思ったところに君がきてね。好きにしなさい」
「何不穏当な会話してんさ! つか聞け! えっとすいません聞いてくださいオレの話!」
「わかりました。ありがとうロイさん」
アレンはすう、と息を吸い込み。

「そんなの、間違ってますっ!」

青褪めるラビの頬を、全身全霊で殴りつけた。



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