無差別パラレル浪漫荘(拍手再録)

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壁を感じたのだ。心の奥では人間を拒絶しているのだ。だから感じた、仲よくなることなど不可能なのではないかと。それが今になってわかる。あのときは、わからなかったこと。しかし、今だってわからないこと、理解できないことがある――正確に言えば、たった今、それができた。
走り去るアレンを追いかけようとは、もう思えなかった。エドワードは階段に戻り、包みを開いたはいいが結局食べることのなかった弁当をしまう。腹は確かに減っているのに、食べたくなかった。
「なんでかな……」
相手のことは大分知った気でいた。どういう性格をしているのかだって、わかっているものと。だがそれはすべて思い込みだったのだと知らされる。エドワードには、アレンはもう理解のできない存在でしかなくなった。

気持ちが悪い、と思う。理解できないのが、気持ち悪い。

――ある日突然訪れたふたりの少年は、施設から出てきたという。後で大家から訊いたところによると、アレンがそこの職員から虐めを受けていたらしい。加えてあのふたりが同じ部屋に住むのは、ふたりだけでは慣れないことも多いだろうし、それに何より、ふたりでは淋しいだろうからと大家が気を遣ったからだ。それならばああ、とあっさり納得できるのに。
エドワードはおもむろにポケットに手を伸ばし、今度は電話ではなくメールで、自分が一番嫌っている男へ疑問を送りつけた。

――意味わかんねえんだけど、どうすりゃいいのこれ。





思えば人を殴ったのは生まれてはじめてだった。痛いのは殴られた側だけかと長いこと思っていたが、実際そんなことは全然なくて、殴った方も十分ダメージを受けるのだと知る。アレンはずきずきと痛む右手を反対の手で掴んだ。
「……ラビ」
「……駄目だな、存外に君の力が強かったらしい。まあロールプレイングゲーム風に言えば、『返事がない、ただの屍のようだ』、かな」
「かってにこおははいでくだはい」
手加減なく殴られたラビの左頬は、既に赤く腫れ上がっている。
「……アレン、何が間違ってんの?」
ラビのその言葉を聞いてアレンはまた右手に力が入るのを感じたが、右腕はなんとも情けないことに負傷してしまって、次殴るのならば左手を使うしかない。
「ごめん、ラビ。恩を暴力で返して」
「仇だろアダ。いや暴力もあってるけど」
「でも僕の気持ちもわかってほしい。ラビが何か事件に巻き込まれでもしたら、僕も痛いよ。――それに犯罪じゃないんですか? 麻薬を売るだけでも! そんなことして得たお金なんか使える訳ない!」
「……そうは言うけどさ、アレン」
ラビの顔が、くしゃりと歪んだ。
「高卒で働くなんて、甘かった。まともな職なんて全然ねえんさ、バイトするしかない。だけど早く自立するためには、こつこつ小金集めてなんかいられねえの。ちょっと危ない橋渡れば、桁違いの収入が得られる。アレン、お前ならどっちを選ぶ?」
「っ、……べ、つに、自立なんて、」
「お前だってわかってんだろ? いつまでも、こんなあったけえところで過ごしてなんかいられねえって」
背中に嫌な汗が流れる。アレンはもう、そこに立っていることができなかった。ずるりとへたり込むアレンに、ラビは更なる追い討ちをかける。

「所詮オレらには、こういう平凡な暮らしは似合わないんだよ」

そんなことあるのだろうかと思う。しかし、搾り出すように告げたラビの声が心底絶望の只中にいるように感じ、否定することもできない。
このアパートで暮らしてきた。施設を出て、新しい環境で生きていくことを決めた。同居人はどちらもやさしくて、施設の職員のように憂さ晴らしをすることもなく、アレンはやっと心落ち着ける場所を得たのだと思った。―――それなのに。
「……そんな哀しいこと、言わないでよ……」

がちゃん!

突如聞こえてきた音に、三人が目を瞠る。ドスドスという荒い足音には覚えがあった。ドアを開け放していたお陰で、不審者の疑いは早くに晴れた。
「か、神田……?」
「おう」
そこには講義の片手間バイトへ向かっていた筈の、隣人の姿があった。



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